はじめに
M&A(合併・買収)を検討する際、多くの企業が財務面の調査に注力する一方、「税務デューデリジェンス」(以下、税務DD)に対しては軽視しがちな傾向があります。しかし税務DDを怠り、M&A後に税務上のリスクが発覚すると、買収企業に大きな損失をもたらす可能性があるため注意が必要です。
本記事では、税務DDに焦点を当て、確認すべき基本項目と具体的なリスク、小規模企業やベンチャー企業にありがちな税務上のミスを中心に解説します。税務DDを理解し、買収後の予期せぬリスクの発生を防ぎましょう。
1. 税務デューデリジェンス(税務DD)とは?
税務デューデリジェンス(以下、税務DD)は、M&Aの対象会社の税務申告・納税の適切性と将来の税務リスクを確認する調査プロセスです。主な確認項目は以下の通りです。
- 過去の申告内容と納税状況
- 法人税・消費税・所得税(源泉徴収)などの申告に誤りや漏れがないか検証
- 税務当局からの指摘や修正申告の履歴の調査
- 繰越欠損金や特別控除の適用状況
- 繰越欠損金が正しく管理されているか確認
- 組織再編税制や各種優遇税制の適用ミスがないか調査
- 追徴課税リスクの有無
- 源泉徴収漏れ、外注費の扱い誤りなど、買収後に税務調査が入った場合のリスクがないか確認
このように、税務DDは主に税法上の不備や将来リスクの特定を目的としています。これらの結果はM&Aでの買収価格や契約条項の交渉に影響を与えるため、税務DDは重要な調査プロセスとなります。
2. 税務デューデリジェンスで確認すべき代表的な項目
税務DDでは、さまざまな観点からリスクを洗い出す必要があります。ここでは、特にチェックが欠かせない代表的な項目を取り上げ、それぞれの注意点を解説します。
2-1. 申告内容の適正性
- 法人税・消費税・地方税の申告書
過去数年(通常3〜5年程度)分の申告書を入手し、計算過程や申告漏れがないか確認します。特に経費の計上基準や収益認識などのミスに注意が必要です。 - 源泉徴収(所得税)
役員報酬や給与、外注費・報酬などに対して源泉徴収を正しく行っているかをチェックします。不備があると、源泉徴収漏れとして追徴課税を受けるリスクがあります。
2-2. 過去の税務調査履歴
- 税務調査の実施状況
税務調査における指摘事項と修正申告の内容を精査します。 - その他の指摘事項の対応状況
個別の指摘事項について、是正措置の実施状況と再発防止策の有効性を検証します。
2-3. 源泉徴収・社会保険の取り扱い
- 給与所得・役員報酬の源泉徴収
役員報酬の過大・過少設定や外部スタッフへの支払区分の判断誤りによる源泉徴収漏れを検証します。 - 外注費と給与の区分
個人事業主との契約形態が給与に該当する場合の外注費処理の適正性を確認します。区分の誤りは追徴課税の対象となるため、重点的に調査を行います。 - 社会保険との整合性
税務DDと労務DDの連携により、役員報酬や給与の金額と社会保険届出内容の整合性を検証します。
2-4. 繰越欠損金の有効性
- 繰越欠損金の残高確認
繰越欠損金がある場合、年度ごとに正しく繰り越されているか、期限切れがないかをチェックします。 - M&A後の利用可否の検討
株式譲渡や合併などのスキームによっては、繰越欠損金の一部または全部が使えなくなるケースがあります。買収後に、期待していた節税効果が得られず想定よりも税負担が増えてしまうことがあるため、事前にしっかりと確認しておくことが重要です。
2-5. その他の税務リスク(地方税・固定資産税・印紙税など)
- 地方税(住民税・事業税)の適用状況の確認
地域によっては特例措置や減免制度があり、適用を誤ると追徴リスクが生じます。 - 固定資産税の評価チェック
保有資産(不動産、設備など)の評価が適切かチェックし、過小評価による税額の誤りや見落としがないか確認します。 - 印紙税・電子契約の取扱状況の確認
請負契約や領収書に係る印紙税の取扱いを誤っている企業も少なくありません。電子契約が普及する中での処理方法も見落としに注意が必要です。
3. M&A後に発覚しやすい税務リスクの具体例
以下では、実務で特に見落とされやすい税務リスクを具体的に挙げ、どのように対策すべきかを考察します。
3-1. 源泉徴収漏れによる過去の追徴課税
小規模企業やベンチャー企業では、外注スタッフへの報酬支払いが給与所得として扱われるべきところを誤って外注費処理していることがあります。
税務調査で指摘された場合、過去数年分(最長5年、悪質な場合7年)の源泉税を遡って支払う必要があります。利息(延滞税)や加算税まで課されると、多額の資金流出につながるため注意が必要です。
3-2. 消費税の申告ミス
売上規模や業種要件を満たさないまま簡易課税制度を誤って適用していた場合や、仕入税額控除の要件に不備があり請求書や領収書の保存が不十分な場合、追徴課税に加え加算税や延滞税が発生し、予想外のコスト負担が生じる可能性があります。
こうしたミスを防ぐためには、日頃から税法上の要件や申告ルールを正しく理解し、帳簿や証憑書類の管理を徹底しておくことが重要です。
3-3. 繰越欠損金の消失
繰越欠損金を期待して高い買収価格を提示したのに、合併スキームの選定ミスや株式譲渡による利用制限などで実際には欠損金が使えなくなったというケースがあります。
こうしたケースは、結果として投資回収期間が大幅に延びるリスクにつながってしまいます。
3-4. 税務上の優遇措置・特例の取り消し
地域活性化や特定産業振興のための税制優遇措置を受けている企業では、M&Aの形態により要件を喪失し、優遇措置が取り消される場合があります。
優遇措置の継続を前提とした買収価格の算定は、将来の税負担増加により投資採算を悪化させる場合があることを念頭に置いておきましょう。

4. 小規模企業・ベンチャー企業に起こりがちな税務ミス・注意点
小規模企業やベンチャー企業では、経理や税務処理が十分に整備されていないことが多く、下記のようなケースから大きなリスクに発展する可能性があります。
- 経理人員の不足
ベンチャー企業は少人数体制で専任の経理担当者がいない場合が多く、制度変更への対応や文書の整備が不十分となりやすい - 企業資産と個人資産との混同
経営者やオーナーの個人カードの会社経費計上など、企業資産と個人資産の混同により、所得認定や損金不算入などの税務処理が複雑化している - 税理士への連絡不足
新規取引形態や海外展開を税理士に事前相談せず開始し、税務処理の誤りが発生する - 組織再編の誤認
組織再編税制の理解不足により適用要件を満たさず、事後的な修正が困難となる
こうした状況にある企業を買収する場合、適切な税務DDを行っていないと買収後に大きなリスクが発覚する可能性があるため、企業規模の大小に関わらず慎重に対応することが大切です。
5. 税務DDの進め方と基本ステップ
税務デューデリジェンス実施の際は、以下のようなステップを踏むケースが一般的です。
- 調査範囲とスケジュールの設定
- 税目や何年分を対象にするかなどの調査範囲の設定
- 調査範囲を元にしたスケジュールの設定
- 調査内容を元にしたチーム体制の構築
- 初期資料の入手・ヒアリング
- 申告書、税務調査通知、会計データの収集
- 代表者・経理担当者からの状況聴取
- データ分析・サンプルチェック
- 取引先別の売上明細や外注費リストを抽出し、源泉徴収の処理を検証
- 売上計上や経費計上の時期、ファイリング状況を確認
- 疑義事項の追加質問・追跡調査
- 曖昧な点や不明点の精査
- 必要に応じて契約書や議事録を確認し、税務処理との整合性を確認
- リスク評価・対策案の提示
- 潜在的な追徴リスクを定量化し、買収価格や契約交渉に反映
- 税務リスクの軽減策やPMI(経営統合)後の改善提案
6. 税務DDにかかる期間と費用の目安
小規模〜中規模の企業であれば、一般的に1〜2ヶ月ほどで税務DDは完了するケースが多いです。費用については企業規模や調査範囲によって差がありますが、数十万円〜数百万円程度が一つの目安といえるでしょう。
海外子会社や複数事業部、組織再編などの要素が絡むと調査が複雑化し、費用・期間ともに増加する傾向にあります。
また、財務DD・法務DDなど他のDDを並行して実施する際も調査範囲が広がるため、費用と期間は増加するケースが多いです。ただし、同じドキュメントを複数の視点でチェックするため、情報共有体制を整えることでスムーズかつより詳細な調査を行うことが可能となります。
調査期間や価格も重要な判断基準ですが、将来的なリスクを回避するための総合的な視点で判断するようにしましょう。
7. まとめ:税務DDを適切に実施してM&A後のリスクを回避しよう
M&Aの最終契約を結ぶ前に、税務デューデリジェンス をしっかり行うことで、追徴課税リスクや優遇税制喪失リスクを織り込んだ買収価格の設定や契約交渉が可能になります。
特に、小規模企業やベンチャー企業の場合は、潜在的な税務上のミスを抱えている場合があるため、後々大きな追徴コストが発生しやすい点を踏まえて、慎重に調査を進めましょう。
税務DDは、財務DDや法務DDと同様、M&Aの成功可否を左右する重要なプロセスの一つです。必要に応じて税理士や公認会計士、M&Aコンサルタントなど専門家の力を借りながら、慎重に進めることをおすすめします。